『真昼のアイアン・メイデン』《風》 CAST:Okita,Ymazaki,Hizikata.














 帰ってくると沖田が居なかった。

 首を傾げながら扉に手をかける。まさか部屋の前で寝ることにすら飽きたのだろうか、あの人は?
「失礼します」
出来るだけそっと開ける。が、こもった煙は容赦なく向かってきて目と鼻を刺した。少し、涙が出る。
「山崎か」
紫煙の向こうにぼんやりと目的の人物の影が見えた。はい・と返事をし、けほけほ咳き込みながらやっと近くまで行く。
「これ…、げほ、持って来ま…した」
「ああ」
差し出した小さな白い箱の中から、じゃり・と重い音を立てて釘が取り出される。鈍色に光るその身を、少しぼうっとして見ていた。
「なんだ?」
不思議そうに訊かれ、なんでもないですと慌てて首を振る。やっと煙にも慣れてきていた。
「槌は要りますか?」
「当たり前だ」
「はいよ」
しっかり持ってきていた槌と一緒に、“それ”も渡す。
 「……」
土方が、ゆっくり“それ”と山崎の顔とを交互に見やる。

 “それ”は、太い、滅多に使わないサイズの蝋燭だった。

「副長ならライターは持ってますね」
「お前は気が利く」
薄い唇が少しだけ微笑う。
「沖田とは大違いだ」
「あ、そういえば沖田隊長、さっきまでここの外に…」
「知ってる。今、水取りに行かせた」
「…あぁ……」
やっと合点がいって、軽く頷きながら少し下がる。自分はもう部屋の隅でじっと構えているだけで良い。
 「さて、再開といくか」
土方の低い声が再び抑揚を失くして男に告げた。もうほとんど動かない相手の肩を、革靴の黒い足ががん・と蹴りつける。ほんの少し、少しだけ呻き声がした。
「自白、手の平、爪。どれが好みだ?」
朦朧とした意識の中、男の視界はあの人の整った顔で満たされていることと思う。





















 男の答えは無かった。呻くことも、頷くこともしなかった。
 後ろ手に縛り上げられ、猿ぐつわを噛まされ、もう一時間ほども殴られっ放し。だが意識が無いわけでは無いはずだ。土方もそれなりに考えてやっている。

 それはつまり黙秘。それが、彼の答えだった。

 好い加減音を上げれば良いのに・と山崎は思う。気を失わない程度というのは、逆に言えば仲間を裏切り全てを吐き出すその瞬間まで苦痛から逃げることは許されないということだ。どれだけ痛くとも。苦しくとも、辛くとも。
 そしてそれはまた、吐いてしまえば全ての苦痛から解放されるという事でもある。
 「土方さん」
不意に声がして、それから戸がすうっと開く。大きめの手桶片手に、沖田が居た。煙に触れたのか、酷く厭そうに顔をしかめ、手だけ伸ばして桶を差し出す。
「水ですぜ」
「ああ」
男の肩から足を外し、すたすた入り口まで行く。ばっと奪うように桶を取り、再び部屋の奥へ向かうその黒い背中を、なんとも言えない妙な表情で沖田が見ているのを見た。無表情に近いが、どこか何かを憂うような憐れむような。

 酷く陰鬱な色の瞳。
 ああこの人は気に喰わないのだ、と咄嗟に思ったが、何が気に喰わないのかはよく分からなかった。

 すー、ぱたん。戸が閉まって、室内が暗くなる。桶が床に置かれる鈍い音。少し水の零れた気配がした。
 眠いか?嘲るような調子の声が告げて、返事は無い。痛みが重なり、そこへ若干長い間があったものだから、うつらうつらと意識が飛びかけているのだろう。まあ猿ぐつわがあるからどうせ言葉なんて出せないのだけど。
「一発で覚めるぜ」
言葉と同時に水音がした。土方の右手が桶を提げている。慌てたような動きで男は頭を振っていた。
 「もう一回訊いてやる。…自白か、手の平、爪か。どれが良い?」
濡れた髪を掻き集めるように引っ掴み、ぐいと面を上げさせる。半分崩れた顔は光を失った瞳でそれでも黙ったまま、土方を見ているようだった。
「…分かった」
何も聞いていないのに、微笑った口が何もかも了解したふうに言う。そして男を見たまま、
「山崎」
「へい」
「縄解く。押さえてろ」
「…はいよ」
 ああやるんだ・とぼんやり思いながら、男の脇に膝をつき、縄を手早く解き始める。


















 どうして喋らないんだ。そう訊きたくてたまらなかった。

 頷けば良いのに。頷いて、喋るからもう許してくれと乞えば、喋ってしまえばもうここで終わるのに。例え仲間をここに呼ぶことになったとしても、少なくとも自分はずっと楽なのに。




 どうせ最後には喋るんだよ、だったら釘を打たれる前に、さあ早く。




 喉まで出かかった声は結局出ない。
 彼がどうして黙っているのか、彼がそうまでしてやりたいことはなんなのか、彼の護るものがどれだけ彼にとっては大切なものなのか。



 本当は山崎も知っている。ただ、理解はできないだけだ。



















                                 ---------------A Partial End 3.
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 「風」、山崎さん。原作と言うよりは同人でよくあるちょっと精神衛生良くない感じ(?)のキャラで書きましたが原作も結構黒くなってきた(ジャスタウェイ)のでどっちでも良いです(ぉぃ

 山崎は沖田のように盲目的に信頼出来る人がいるわけでもないし、信念があるわけでもない。ある意味、今回書いた四人の中では一番不幸かもしれません…(汗)